溢れる木の椅子。更に作る木の椅子とは

数少ない都心の木製特注脚物(主に椅子やテーブル)専門工場として数多くの有名建築家、デザイナーの無理難題(?)に応え続けてきた実績がある一方、ご近所の注文にも丁寧に対応し、学生たちの作品作りにも協力的な姿勢は、ものづくり、木への想いと共にブレがない。
そんな星亀椅子工房、星野勇社長とエグチデザインスタジオは『デザイン教育』で出会い、次に木製家具の『製品デザイン』を共作し、更に公益社団法人埼玉デザイン協議会の会員として『地域デザイン』にも一緒に関わることになったのは、埼玉県の大宮と川越という距離の近さだけではないようだ。

関連リンク:星亀椅子工房ウェブサイト

『出会った頃』

星野

江口さんに出会った頃一番印象に残っているのが、今は新しい車に乗っているのだけれども、前の車も軽で結構長く乗っていた車で来たんだよね。
ちょっと世代の違うデザイナーは、結構羽振りのいい人たちもいたの。そういう人たちは外車乗り回したり、銀座に事務所を構えたりとか、そういうことが平気でやれた時代で。結構派手な格好していたり、横柄な態度だったり、われわれみたいなものを作っている現場ではデザイナーって、上から目線の印象が比較的強かったんだよね。だけど江口さんをはじめ若いデザイナーは、横柄な態度だとか上から目線で物を言うような人たちじゃなかったから、うちの連中もデザイナーという人たちへの認識も新たになった記憶がある。

前の世代のデザイナーたちのこと知っている分、江口さんの態度だとか、物腰だとか、そういうのがすごくいい印象を受けたし、こういう人だったら一緒にやれるな、長く付き合えるなっていうのは感覚的にあった。気心の合わない人と長くは続けていかれないわけだから、やっぱり基本的に共感がないとなかなか難しい。波長の合う人、そういう気心の知れた人じゃないとなかなか続けられない。

江口

木の椅子はとても好きなのだけれど、フリーになってからしばらくはやりませんでした。まずバブルの頃、こんなに沢山、木の椅子を次から次へと作って、、、そんな必要あるのかなと思う物ばかりに見えて、、、。フリーになってから木の椅子は意識的に避けていました。そんな時デザイン学校の学生引率として星亀椅子工房さんにきた。星野さんと出会った頃はそんな時期でしたね。

星野

最初にコンセプトづくりみたいなベースになる話をしてくときも、お互いにあまり“尖ったデザイン”のものはやりたくないし。日本人の気持ちの一番底辺にマッチするようなものを発信していきたいっていうような話がデザインを進めていく中であったので。そういう共通理解はお互いにあった。だから話はポンポンポンと進んでいった覚えがある。

その後に江口さんから言われてそうだなと思ったのだけれども、擦り合わせを進めていく間に、もっとガチガチぶつかんなくちゃいけない。だけど俺はあんまりぶつかるのって得意なほうじゃない(笑)。それでもお互いに共通理解があったから、ぶつかることは特にはなかった。

江口

そう。今言ったように、ある程度は一致していたっていうか、考え方が似ていたと思うんですよね。

『やろう』

江口

僕は最初にやろうとしたのは、デザインや美術の知識のベースがある人が「いいな」って言ってくれるようなものはもう世の中にたくさんあるんですよね。そうではないものがやりたかった。

特に木の椅子は世の中にもうたくさんあり過ぎるぐらいある。でも一般の人が「いいな」って感じられる椅子がまだ別にあるんじゃないのかなって、ずっと思っていた。自分自身がそれ程カッコイイモノ、洗練されたデザインや美術に囲まれて過ごしてきていないので、ごくごく普通の人たちの感覚からしたら、こんな感じがいいんじゃないかっていうものを形にしたかった。

素人感覚的に作る、そういう感じで作ったら、もう少し馴染みやすい、日本人が直感的にいいなと思うものになるんじゃないのかな思って。それでモチーフを招き猫など、日本人が昔から傍らに置き見てるものにした。日本人の手の造形。民芸的なところもあるし、マンガやアニメ風でもある。大ざっぱな言い方になるけど、世界基準でかっこいいものって、日本人にあんまり似合わないんじゃないかと思ってるところがあるんですよ。
誤解を恐れずにいうと一般の人が馴染むのはちょっとダサイくらいのずんぐりむっくりしてるような造形がDNA的に馴染みやすいんじゃないのかなってずっと思ってます。

星野

一部のデザイナー達は、うちに来ると、「シャープな線をシャープな線を」ってそれしかないのかっていうぐらい盛んに言ってて。でも実際に生活の中で使うときに、とんがったところなんかやっぱり痛かったりとか、それこそ不便だと思うんですよね。

それが江口さんが来て、布袋様だとか、まんじゅうとか、日本人がずっと親しんできたものだとか馴染んできたものを基本にして、そこから描いていくとこんな感じになるんだっていうような話になって。こういう流れっていうか、そこまで基本なところから話を進めてきた人ってあんまりいないんですよね。

大多数のデザイナーは図面や絵を描いてきたり、模型を作ってきたりと、そういう根本の話からスタートはしてないですよね。われわれの立場だと、根本の部分は別に関係ないと言えば関係ない(笑)。 要は図面さえあれば形になるわけだから。っていうようなことをずっと繰り返してきた工場だから、江口さんみたいな考え方からスタートっていうのはやっぱり新鮮に思えた。形そのものがここからスタートしてるんだっていうことになると、すごく納得っていうか、理解できるわけですよね。

なんでこれがこう丸くなってるのかとか、なんでこの線がこういうふうになってるのかっていうのが、きちんと裏づけがあるから。だけど今まではそういうことが省略されちゃって、途中からスタートしてるから(笑)、言われるままに形にしていくっていうことが仕事だったわけ。

江口

やりたかったのは椅子でも椅子じゃなくてもよかったんですけど、こういう感覚でものづくりができたらなっていうのが一番だったんですよね。民芸やアノニマスって言って、デザイナーなしのデザイン。デザイナーが居なくても、きれいなものがあるっていうのはすごくそうだなと思って。はっきりとした個性が出てなくても、いいものっていうのは世の中にたくさんある。デザイナー名を記入するとか、そういうのは全部ない方がいいんじゃないかなと思うぐらいですね。

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『デザイン教育』

江口

最初の出会いがデザイン学校の課題の一旦だったので、最近の学生の話をすると、最近の学生の椅子の実作の成果品は誰かのために作るっていう人が少なくなってきてる。少し前ならおばあちゃんのためにとか、教会のためにとかっていう、そういう生徒が全員じゃなくてもだいたい何割か居たんだけど。

星野

そういう社会性っていうかね。

江口

自分が欲しいものは社会でも欲しい人が居るのかもしれないんだけど、自分個人の中で終わっちゃうようなことが多いんですよ。
自由に考えて欲しいと課題設定も自由なケースが多いんですね。そうするとあまり最初に誰かのためにと設定をする人が少ない。今ほとんどが自分用のもの。9割かな。たまに子ども用とかっていう人がちょっとポツポツと居るぐらいで(笑)。ほとんどが自分のためだよね。

星野

そう。だからうちに依頼されるようなものでも、自分がただ部屋に置いときたいからっていうようなことで言ってくるのがほとんどで。世代のもっと上の人たちっていうのは、やっぱり世の中の生活空間を少しでも快適なものにしていこうとか、世の中のためにとか、日本のためにやるとか、少しでも人々の生活を豊かにするために、椅子の生活にしたほうがいいとかっていうような、そういう何かしらの志があったんだけども、今はそういう志とか、そういうものがなくて(笑)。ほんとにただ、自分で座りたいとか。

江口

学生のデザインのレベルという点では今のほうがずっと高いですね、全然。もうそれは圧倒的に。

星野

それはそうですね。僕の年代から下の年代見たときにもそれは思いますね。やっぱり若いころからいろいろ触ってみてっていう機会は、インターネットもありますし、どんどん増えているじゃないですか。早い段階からいろいろ見ている影響は大きい。
あとは子どものころからきちんとそういうデザインされてるものの中で育ってきてるから、見る目だとかが意識しないけども土壌という形であるんじゃないかなと思うんですよね。だから昔のほうが、それこそ物がありさえすればいいっていうような世界だったから(笑)。
デザイン云々よりも、とにかく形になってるものさえあればいい、みたいな中で育ってきてると、なかなかそういう感覚そのものも持ってないっていうか。

江口

あと今の学生は、やるからにはある程度いいものじゃないと納得しない。
例えば最近だと課題をやっても持ってこなかったりする学生も何人か居るんですよ。できてもあんまり納得できないから持ってこないっていう。目も肥えてるから、これじゃ納得しないというか。

星野

自分の持ってる美意識というか、そのレベルに達してないというか(笑)。

江口

自分に置き換えてみるとそんなこと考えもしなかった。できたらとにかく持って行ってた(笑)。そして先生にボロクソ言われる(笑)。今の学生は周りに比較するものも多いのかもしれない。授業にもPC持ち込みは当たり前だし。

そうですね。そこはありますね。僕も悩みの一つとして、実は比較するものが多いっていうのがあって。いいものっていうのは、本当にすぐ世の中に伝播しちゃうじゃないですか。そうすると自分の考えだけで考える時間ってすごく減ってしまうというジレンマをちょっと感じています。
若者なんかそれこそ、情報があふれている現代で生活していると、「これがいい」ってみんなに言われちゃうと結構強い意志がないとその認識から抜けだせないんじゃないでしょうか。

星野

そっか。そういう不幸っていうのもあるんだね。
われわれはそういう比較するものがないから、もうそれこそ一つ自分で作ったらもうこれが世界で一番いいみたいな感じで(笑)。比較するものがないから。

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『公益社団法人 埼玉デザイン協議会(SADECO)での活動』

江口

SADECOも人数が減っていますが、増える可能性はあると思ってます。特に20代30代の若い人が。ちょっと平たい言い方で言うと、地元での貢献具合がよく分かるから。地元でどうなっているかっていうのが分かりやすいし、身近で情報も分かりやすいしね。遠くまで行かなくてもデザインでの貢献が分かるっていうのはいいことだと思う。もうちょっとちゃんと魅力を伝えれば、興味を持つ人も多いんじゃないかなと思います。
最近海外へいわゆる観光として行く人は、少なくなったって。でも行っている人は行っているんですよ。それもボランティアみたいなものが付いてるツアーみたいなものもあるらしいんですよ。

星野

うちの娘が、インドのマザー・テレサの施設にやっぱり1週間ぐらい行っていたのかな。

江口

そうですか。随分身近にいた(笑)。
私も色々な本やテレビの影響でバックパック背負って海外の安宿を歩いたんですけども、当時私の周辺ではボランティア的な話しは聞かなかった。だからそういう年代の人たちの方が、もしかしたらこういう地域でのデザイン活動って合うんじゃないかな、やりたいことが出てくるんじゃないかな。

星野

そう。だから若い人たちの価値観っていうのが、やっぱりわれわれの年代だとなかなかちょっとつかみ取れない部分って、すごい社会に無関心だっていう反面、そういうボランティアにものすごく積極的に関わりたいっていう両極端な部分がある。
金がすべてみたいな、ドライな考え方を持つ人も居るし、全く経済的な見返りはなくても、一流企業をやめてお金とは全く縁遠いようなところに、自ら行ったりする人もいる。
われわれからすると、なんでそんなことやっているのかなって思うようなことも別になんとも思わない。これは自然な行動だって捉え方や考え方で行く人も居るわけだから不思議。

江口

SADECOのような会社組織でもないし、完全なボランティアでもない、そういう組織をうまく使って若い世代に何かはじめて欲しいですね。

星野

これからはデザインがやっぱり世の中に貢献していくっていうか、デザインの役割っていうのはやっぱり計り知れないものがあると思うんですよね。中国、韓国、東南アジアからも、バンバンものが入ってきてもう追い越されているんですよね(苦笑)。これから生き残ってくためにはやっぱりデザインの力を使って、なんとかやっぱり価値観を上げていったりとか。もうハードの部分っていうのはどこで作ってもおんなじようなものができちゃうわけだから。やっぱりデザインが最終兵器みたいな部分になってくると思うんですよね。これからの人たちにはそのデザインのパワーを使ってどう世界中でタフにやっていかれるかっていうことを託していかなくちゃいけない(笑)。だから、デザインっていうのはすごく重要で、やっぱり価値があって、尊敬される存在になっていかなくちゃいけないと思うんだけど。

江口

これからのデザインという話しですと、SADECOの面白いところ、可能性を秘めているところに共通性を感じます。様々なデザイン分野の若手からベテランまでいて、尚且つ、デザイナーじゃないけど地域活動、クリエイティブな活動に参加したい人もいるというところ。営利目的だけでもボランティアだけでもないところ。曖昧ではあるけれども、経済発展一辺倒だけの方向性ではないところが、次の暮らし方、働き方 、デザインを感じます。

星野

そう。先週パーティーの二次会で農家のせがれっていうのがちょっと発言してたんだけど、アスパラ農家のせがれが後を継いで、親孝行っていうキーワードで野菜を直接売ってるらしいんだけど、それが結構当たってるらしいんだよね。ああいう感覚の人が、商売自体をデザインしているわけですよね。

江口

デザインの考え方、デザイン的思考はどんなことにも、当てはめられるし、むしろデザインとは、というような教育とは無関係のところから面白い発想が出るとも言えますね。
星野社長とは始まりは木の家具、木の椅子のデザインだったけれども、SADECOを紹介して頂いて、これまでの自分のデザイン行動半径から想像できない様々なこと、デザインの仕事だけではなく、一言では言い表せないような(笑)モノゴトに出会えました。「酒は学校」と言った人がいたけれども「デザインは学校」ですね。これからもよろしくお願いいたします。

対談者プロフィール紹介
星野 勇
1951年 さいたま市生まれ。越生高校木材工芸科卒業後、1969年に有限会社星亀木工所入社。1990年に代表取締役に就任。